【横綱千代の富士の功績とは】大分県の暴走族、ケンカ無敵の千代大海を相撲で更生させ、大関、優勝まで引き上げて九重部屋を継承するに至ったエピソードに驚愕!

膵臓(すいぞう)ガンのため61歳という若さで亡くなった元横綱千代の富士の葬儀が東京の九重部屋(墨田区)で行われた。おおよそ1000人が葬儀に訪れ、別れを惜しみ焼香を行った。

夭折の千代の富士にかわり、急遽部屋を継ぐこととなった一番弟子の千代大海は、師匠千代の富士の葬儀の際、このように挨拶をした。

出典:youtube.com

「あまりに突然のお別れとなり、悲しくて、悔しくて仕方ありません。平成4年11月、私が初めて九重部屋を訪ねた日、師匠の圧倒的なオーラ、鋭い眼光を目の当たりにし『この人の下なら頑張っていける』と思ったことを今でも鮮明に覚えています。あの日から24年、私をここまで育ててくださり、心から感謝しております。師匠から教わった相撲道を、我々弟子たちが体全体にあらためて焼き付け、一生忘れることなく守っていきます。これからもずっと、天から見守っていて下さい。師匠、本当にありがとうございました」

このような立派な挨拶をしたものの、かつてはどうしようもないワルだった千代大海。

そんな彼が九重部屋で千代の富士と出会い、不良から更生し大関まで成長していく姿を振り返ってみたい。

ワルとして有名だった中学時代

出典:http://pinky-media.jp/I0013804

中学時代、千代大海は大変なワルとして有名だった。

頭はリーゼントに剃りこみをいれ細眉という、いわゆるヤンキーというやつだ。

当時は、十数人を超える高校生相手にもひとりで喧嘩をして勝つなどといった武勇伝をもつほどの強さである。

中でも一番の列伝は、大分ナンバー1.九州でも1,2を争う勢力の暴走族「十二単」を率いていたという事実であろう。さらにやくざ数人と喧嘩をした上、その強さを気に入られスカウトされることもあったという。

佐賀県の同級生はこう語る

「大分の龍二といえば、当時知らないひとはいないほど、有名だった。」

補導歴はなんと9回。。。

 

しかし、そんなワル千代大海にも意外な一面があったという。

それは、、、、

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